そう言えば、先月
夫の誕生日がありました。
去年は、24時ピッタリに
彼女からBDコールがあったので
今年もかな?と思って
その時間はお風呂へ行ったんだけど
どうも、なかったらしいです・・・
彼女、遠慮したのかな?
だとしたら、ちょっと
申し訳ない気になります。
Source: 妻日記

タイムリーに不倫事情を紹介していきます♪
私の「最期の七日間」を考えてみた。
体力も時間にも余裕がある
今の私が想像する望みは
実際の時の望みとは絶対に
違うと思うけど・・・
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
<1日目>
今までの人生を振り返って
最後に行きたい場所
見たい物、食べたい物
したい事、会いたい人を
リストアップしたい
<2日目>
最後に行きたいと選んだ場所で
見たいもの、美味しい物を満喫したい
<3日目>
お世話になった人
大好きな人みんなと
楽しい時間を過ごしたい
<4日目>
みんなに感謝を伝える為の
手紙や贈り物を準備したい
<5日目>
家族みんなで温泉に行きたい
<6日目>
荷物の整理をしたい
<7日目>
1人静かに死と向かい合いたい
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
こうやって書き出してみると
私って、”個”を好む人間なのかも?
Source: 妻日記
今回は、私の自己分析の話で
つぶやき的な内容で
まとまりのない記事です・・・。
すいません。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
楽しもうとポジティブ転換しても
罪悪感というものは絶えず
肩をトントンと叩くように訪れる。
罪悪感ってなんだろう?
字からして『罪』『悪』を
感じることだと思ってるけど・・・。
だけど、この『罪』や『悪』って
人によって境界線が曖昧。
例えば、餓死寸前の子のために
母親が食べ物を盗んだ場合
何を以って『罪』『悪』とするだろう?
っていうのに、似ている気がする。
『子を餓死させる事』と『盗み』。
一般的な社会ルールにおいては
『盗み』は紛れもなく罪だけど
二者択一の状況においては
『子の命』を優先させた人を
『罪』と分別するも
やはり少し違う気がする。
なんでこんなことを考えたのかというと
自分の罪悪感の正体を知りたかったから。
一般的な社会観念上にある
罪や悪事というものを
実際に犯していなくても
『悪いことをした』と認識してるから
罪悪感となって襲ってくる。
つまり、私は『婚姻継続=悪いこと』って
自分を非難してるってことだと思う。
反対に、以前、彼女へ送ったメールについて
全く、罪悪感を感じていない私がいます。
つまり、これって私自身が
彼女へのメール自体について
『悪い』と認識していないって
ことなんだろうなぁ、と。
そう考えると、婚外恋愛してる方が
『夫婦関係が破綻してるから』
『相手が関係を望んだから』
という理由で関係を始めることも
本人が『罪』とか『悪』と見なさない限り
純粋に恋愛を育まれてるってことだって
今更ながら気がつきました。
Source: 妻日記
結局、今までと同じで
怒っている時や機嫌が悪い時に
「別居・離婚」を持ち出すものの
後日「その必要ない」という
上から目線的な言い方で
コロッと態度を変える夫。
今回は、そんな諦めの悪い夫について。
今日、『マンションの住み替え』と
『もう1匹のペット』の話をしてきた。
やはり諦められない様子・・・。
今までは、別居や離婚を考慮して
のらりくらり躱してきたけど
今を楽しめば良いって割り切るんだから
狭い家より、広い家が良い。
2匹だと更に賑やかで楽しいハズ。
まぁ、実際はそんな簡単に
そんな家は買えないし
命ある生き物を思いつきで
飼ったりしませんが
何だかんだ理由つけてた私が
『良いね!そうしようっか?』
ってコロッと意見変えると
夫も驚くだろうなぁ(笑)
想像するだけで、ちょっと笑えます。
こうやってちょっとしたことで
日々を楽しむことが大切なんだろうなぁ。
Source: 妻日記