勝負をしたつもりはない。
ただ『認めて欲しい』だった。
私にとっての『自分』とは
私という人間の核
即ち私の『為人』。
その私の『為人』に対して
嘘をついてはいけない存在
蔑ろにしてはいけない存在
大切にしたいと思う存在
人として尊敬できる存在
と、みられているのか?が
私にとって重要だったのだろう。
だから、勝負をしたつもりはないけど
『自分』が認められたかの判断が
『夫が離婚に同意しければ…』
『自分が優先されれば…』
私の為人が認められたとか
『自国に帰りたがれば…』
『彼女たちを優先すれば…』
私の為人が否定されたとか
おかしな基準で解釈してしまった。
そういう意味で、私は夫だけでなく
間接的に彼女たちとも競っていたと思う。
いわば、自分の為人を夫の言動に委ね
そこから自己肯定感を得ていたと言える。
だけど、今回、夫のある言動から
情け無いことに、私自身が
自分の為人を否定することとなり
自分の醜さや汚さを
嫌という程自覚させられた。
Source: 妻日記
