【悲報】興南エース・元SB島袋洋奨「なぜ自分はこんなにヘタになったのか。」

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1: 名無し 2020/01/11(土) 12:49:00.65 ID:4o/w4CwE0

■大学2年の春に肘がぶっ飛んだ
アスリートがプロになる過程はさまざまである。野球界では高卒、大卒、社会人、そして独立リーグ経由の4パターンが九分九厘を占めるものの、いずれの場合もほぼすべての選手が「高校野球」を経験している。
どのタイミングでプロに入るかで人生が大きく変わることも多々あるが、本人の特性や巡り合わせもあり、果たして何が正解なのかは誰にもわからない。

元ソフトバンクの投手、島袋洋奨(ようすけ)は昨季限りで5年間のプロ生活にピリオドを打った。
沖縄・興南(こうなん)高校3年時の2010年には”琉球トルネード”と呼ばれた独特のフォームで全国の強豪校をなぎ倒し、当時史上6校目、沖縄県勢では初の甲子園春夏連覇を達成。

時の民主党政権・鳩山由紀夫総理の無責任な米軍基地移設発言でたまった鬱憤(うっぷん)を吐き出すかのように、沖縄中が島袋の快投に沸騰した。

1998年の松坂大輔(横浜高校)以来の春夏連覇エースの去就は大いに注目された。プロ入りを表明すればドラフト上位指名は確実ともいわれたが、島袋はプロ志望届を出さず、東都大学リーグの名門・中央大学へ進学した。

「春のセンバツが終わった段階ではプロ志望でしたが、(興南の)我喜屋優(がきや・まさる)監督をはじめいろいろな人と相談して進学を決めました。
甲子園春夏連覇の投手としてのプレッシャーはさほど感じませんでしたが、大学で思うように活躍できず、申し訳ない気持ちが強かったです」

90: 名無し 2020/01/11(土) 13:06:52.53 ID:4o/w4CwE0

4: 名無し 2020/01/11(土) 12:50:02.96 ID:4o/w4CwE0
一年目(酷使しない事で有名な高橋善正監督)
https://number.bunshun.jp/articles/-/822321
 大学生になった島袋は1年春、いきなり開幕投手を任された。中央大学で1年生が春の開幕投手を務めるのは実に48年振りのことだった。
その年、島袋はリーグ2位となる防御率0.99を残し、新人賞を獲得。島袋の実力からすれば、それぐらいは当然のことのように思えた。

OBから選手を酷使しない事に文句がつき酷使上等の元プロOBに監督が変わる
http://hochi.yomiuri.co.jp/baseball/ama/news/20120107-OHT1T00214.htm (リンク切れ)
元巨人投手で東都大学リーグの中大・高橋善正監督(67)が、今月限りで退任することが7日、分かった。
08年春の就任後、当時2部だった中大を1季で1部復帰に導き、現巨人の157キロ右腕・沢村拓一(23)らを育てて1部に定着させたが、昨年12月3日の中大硬式野球部OB総会で、新たな指揮官を求める声が上がり、退任を決意した。


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Source: なんJ 高校野球まとめ速報
【悲報】興南エース・元SB島袋洋奨「なぜ自分はこんなにヘタになったのか。」

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