甲子園にやってくる度に、つくづくあの学校が聖地に立つことは二度とないんだなと郷愁に似た感情を抱く。その学校とは無論、春夏あわせて7度の日本一を達成しながら、事実上の廃部状態となっているPL学園(大阪)である。
活動に終止符を打った2016年夏から5年の月日が流れても、いまだに復活を望む声は大きい。プロ野球選手82人を輩出した野球部のOB会長である桑田真澄氏は部の復活に向けて学校との折衝を重ねているし、高校野球のオールドファンもまた、お馴染みの「ああ、PL 永遠の学園」の校歌をもう一度、甲子園で聞きたいと願っている。
復活の可能性はありますか──。廃部の真相と、同校野球部62期生の最後の夏を追った『永遠のPL学園』(小学館刊)を刊行して以降、幾度となくそうした質問を私は受けてきた。答えは決まって、「あり得ません」だ。
第1の理由は、生徒数の壊滅的な減少である。2015年頃から、私はPL学園の高校入試出願状況を確認するのを習慣としているが、今年の入試競争倍率はもはや目も当てられない。
普通科2コースのうち、理文選修コースは80人の外部募集に対し、出願はわずか7人(専願3人、併願4人)で、競争倍率は0.09倍である。国公立コースは、15人の募集にわずか3人(いずれも併願)で、0.20倍だ。
第2の理由が、学園の母体であるパーフェクトリバティー教団の規模縮小ある。教団を創立し、拡大し、野球部をこよなく愛した2代教祖・御木徳近氏の時代の信者が高齢化し、信者数が激減する中で、二世・三世が通う学園生徒数も減っているのだ。
そして、昨年末には、教団の土台が揺るぎかねない訃報があった。3代教祖の御木貴日止氏が12月5日に死去したのだ。4代教祖として有力視されているのが、御木貴日止氏の妻で、闘病生活の続いた教祖に代わって活動を取り仕切っていた美智代氏だ。
こうして教団が混乱にある中、学園の硬式野球部の復活に力を注ぐ状況にあるとは考えがたいのである。
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Source: なんJ PRIDE
【悲報】PL学園への入学希望者が10名(内7名は併願)、倍率は驚異の0.09倍へ突入