引用元: http://tomcat.2ch.sc/test/read.cgi/livejupiter/1616383915/
庵野秀明監督は、オタク文化に多大な影響を与えたアニメ作品を数多く世に送りだした作家でありながら、その作品に耽溺してしまうこと、もっと言えば現実逃避をしてしまうことに対して危機感を持っている作家である、ということが重要だ。
そのことがわかる一例が、2005年に単行本化された、妻の安野モヨコ作のコミックエッセイ『監督不行届』に収録されている庵野監督の言葉にもある。
ここで、庵野監督は「嫁さんのマンガのすごいところは、マンガを現実からの逃避場所にしていないこと」「読んでくれた人が内側にこもるんじゃなくて、外側に出て行動したくなる、そういった力が湧いてくるマンガなんです」と妻の作品を褒め称えており、その上で「現実に対処して他人の中で生きていくためのマンガなんです」「『エヴァ』で最後まで自分が最後までできなかったことが、嫁さんのマンガでは実現されていたんです」とまで、その衝撃を語っている。
前述した『シン・エヴァンゲリオン劇場版』の結末は、明らかにこの「外(現実)に出て行動したくなる力を持つ妻の安野モヨコの作品」に触発されたものであり、これまでの『エヴァンゲリオン』シリーズでは十分になし得なかった、「アニメと現実との折り合い方」にも1つの決着をつけたものだ。
庵野監督は、自身の作品を「他人の中で生きていくためのもの」として完成へ導いてくれた、妻の安野モヨコおよびその作品への感謝を、間違いなく『シン・エヴァンゲリオン劇場版』に込めている。劇中で『シュガシュガルーン』のポスターや『オチビサン』の絵本などの安野モヨコ作品が出てくることが、その何よりの証拠だ。
その『監督不行届』は、庵野監督自身がオタクだからこその、夫婦生活の面倒くささを、(フィクションも交えているそうだが)面白おかしく赤裸々に綴った内容だ。それでいて、庵野監督は同書の内容について「幻想としてのオタク像ではなく、真実の姿を分相応に示していることが好き」とも語っていた。そんな等身大のオタクの自分を愛してくれる妻への感謝を、ある種のラブレターとして表現したのがこの『シン・エヴァンゲリオン劇場版』でもあるのだろう。
ともすれば、最後にシンジとくっつくマリ=安野モヨコとも解釈もできるし、アニメの2人が仲良く外に駆け出していくラストは「オタクのままで現実で生きているカップルってすっごく楽しいよ!」という庵野監督の「のろけ」にさえ思えてくる。同時に、ネガティブなイメージも持たれがちなオタクたちを、「その作品が好きな気持ちは、そのまま現実を生きる力にもなるんだよ」と応援してくれるようでもあった。
https://news.yahoo.co.jp/articles/68100545080a63081c9ae6fac8a72b9e71f15029?page=3
マリ=安野モヨコ
だった
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Source: なんJ PRIDE
シン・エヴァンゲリオンさん、庵野監督から妻へのただのラブレターだったwww