【競馬】26歳で電撃引退、“伝説の女性ジョッキー”はなぜアメリカへと向かったのか?

【競馬】26歳で電撃引退、“伝説の女性ジョッキー”はなぜアメリカへと向かったのか?

3月 28, 2023 オフ 投稿者:
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1:
今から37年ほど前、ようやく海外旅行が普及しはじめた時代にアメリカに渡り、騎手として活躍した女性がいる。彼女の名は、土屋薫さん。地方競馬の南関東では初となる女性騎手としてデビュー、一度は引退するも渡米し、ダート競馬の本場・ケンタッキーで通算263勝を挙げる活躍を見せた。

海を渡った先駆者に充実した日本時代から渡米の決断までの話を聞いた。(全2回の第1回/続きは#2へ)

「男の子が泣くんじゃない」と怒られました
――土屋さんは父が地方競馬・浦和競馬の調教師、姉は獣医師でのちに同地で調教師になりました。幼少期から馬が身近だったのでしょうか? 

土屋薫氏(以下、土屋) 厩舎で育ったので、八百屋さんの子供が学校から帰ってきたらお店を手伝うのと同じように、朝は通学前に馬の調教を手伝ったり、馬房掃除をやっていました。

――お皿を並べる手伝いをするような感覚で馬に乗っていたんですね。

土屋 小さい時は騎手になりたいと思っていましたし、子供がジョッキーになることは父の夢だったんです。私には姉が2人いて、母が3人目を妊娠した時、父の酒飲み友達が「今度は男の子だ。顔を見れば分かる!」って毎晩のように話していて、生まれてきたのが私でした。だから、小さい時は男の子として育てられて、泣いて帰ってくると「男の子が泣くんじゃない」と怒られました。周りの人からは「僕」と呼ばれて、髪の毛は短く、父とお揃いの服を着ていました。だから、小学校に入るまでは性別が女だって知らなかったんです。

私とお友達になってくれるアメリカ人はいませんか?
――すごい。ある意味、英才教育ですね。その後もずっと競馬と関わりがあったんですか? 

土屋 高校生の頃はドラマ『人気家族パートリッジ』や、音楽グループ『オズモンド・ブラザーズ』が流行っていて、「アメリカっていいな」と思いました。それでどうしてもアメリカに行きたくて、高校3年生の時に短期留学しました。

長いので続きはソースで
YAHOO(number) 3/5(日) 17:02
https://news.yahoo.co.jp/articles/e31e8156d7c479e92c4ef26f1bd657b9d40bf70b

引用元: ・https://hayabusa9.5ch.net/test/read.cgi/mnewsplus/1678019750/

2:
37年前って普通に海外旅行してたがな

3:
ズンコより凄いな

5:
泣ける話だな

6:
>>2
37年前に普通に海外旅行してたっていま相当おじいちゃん?

7:
ダービージョッキーに似たような子がいたな

9:
37年前だと地方騎手が中央に移籍するが不可能だった時代でしょ
安藤勝己の10年以上前ってところか
大井に残っていたら的場と同期ぐらいか

12:
素晴らしい話だな
もっと知られたほうがいい

13:
アメリカに行けばなにかがあるかもしてない
私の人生がガラッと変わるかもしれないと夢を持てる時代だったな80年代くらいまでは

14:
いいインタビュー記事じゃん

15:
こういった話をする時に誤解してほしくないのが、「競馬界の人みんな」ではなく、「金沢競馬場の3人だけ」だけが非常識で失礼な人だった、ということです。

17:
久しぶりに芸スポらしい記事だ

23:
>>19
9歳だわ

30:
全然知らんかった
すごいやん

35:
全く知らん

Source: オルフェンズの仔~~競馬ネタ予想まとめ
【競馬】26歳で電撃引退、“伝説の女性ジョッキー”はなぜアメリカへと向かったのか?

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